M's story



彼女を見つめる彼を、あたしはずっと見ていた。


自他共に認めるミーハーなあたしは、高校に入学してすぐに男子の物色をし始めた。
同中の友達と、同級の男子から先輩までチェックしてキャーキャー言いながら誰々がいいと討論を交わし、 ランキングをつけていい男を絞っていくのだ。
そして絞られた男子を更に詳しく調べて、外見◎、運動×、勉強△、性格◎などなど、細かくメモ していくのがあたし流。 男は顔以外も大事!

上位にランクインしていた永吉瑛司は外見◎、運動◎、勉強◎、とここまでは良かったのだが、 性格に問題あり。つーかあれはひどい!告白してきた女子へのあの態度。何様なんだ?!
学年一の美女と言われている富田さんまで完全に拒絶。あれは女に興味ないな。

そんな噂も広がり、永吉瑛司に安易に近づこうとする女子も少なくなった秋ごろ、珍しいものを見てしまった。

(誰あれ?)

グラウンドで永吉瑛司が女の子としゃべっている。雰囲気からして先輩っぽくないし、同じ1年か・・・。

女の子としゃべっている−−−その光景は特に珍しいものでもなかった。
永吉瑛司は告白してくる女の子や、付き合いたいという目的で近づいてくる女の子以外とは案外普通に話していたからだ。

だが、この時の瑛司の表情はこれまで見たことがないぐらい豊かで、優しかった。

不思議だ・・・

彼女がいないことは調査済みだから多分、彼女ではない。
顔は結構かわいいが富田さんほどのレベルでもない。

興味を持った。いつもと違う表情の永吉瑛司に。
そして、あの女の子に。

そんな頃だった。永吉瑛司が柔らかくなった、という噂が広まったのは。
どうやら呼び出しさえしなければ、前より優しく対応するようになった、という内容だった。

すぐにわかった。あの子が関係している。根拠は無かったが、何故か確信していた。



それからだ。あたしが放課後、グラウンドに通うようになったのは。
友達には『サッカー部のイケメンたちを拝みに行くv』と言っていたが、もちろん目的は瑛司と彼女の観察だ。

彼女はいつも絵を描いていた。美術部らしい。
あの江本優貴と仲が良いと聞いた時は驚いた。
顔だけでは上位にランクインしていたが、“無愛想な変人”と位置づけていた男だった。
仲が良いといっても実際は普通に話す程度らしいが、あの男相手ならそれでも仲が良いと言える。
まぁ、中学から同じ美術部員ということだから、やっぱり普通といえば普通なのかもしれないが。

とにかく、あの変人と話せるぐらいだから彼女もちょっと変わったところがあるのだろう。


今日も彼女は寒い中、グラウンドで絵を描いていた。手がかじかむのか、時々息を吹きかけたり、カイロを ぎゅっと握りしめたりしながら描いている。
そんな彼女を、永吉瑛司は見ていた。練習の合間、ゴールした瞬間、失敗した時・・・。
ふと見る先にいつも彼女はいた。
休憩時間には少しだけ声をかけ、また練習に戻っていく。

彼女が来ない日も会った。美術室で制作しているのであろう。そういう時はしばらく来ない。
1週間、2週間・・・長い時はもっとだ。
その時の彼はすごく切なそうな顔でどこかを眺めている。
きっと彼女がいたら座っているであろう場所を見つめているのだろう。

瑛司が柔らかくなった、という噂のせいか、少し話しかける女子も増えてきた。
遠いから会話なんて聞こえないだろうに、彼女がグラウンドにいる時は慎重に女の子達の相手をしていた。
いない時も皆の前では気にして当たり障りがないよう彼なりに接していた。
一方で呼び出されたら相変わらずの態度でキッパリグッサリ。


どうしようもない不器用な男だ。




いつの間にか、愛しくなっていた。




彼は彼女を見つめている。そんな彼をあたしは見つめている。
自分に向けられることのない視線を苦しく思うと同時に、もし自分に向くことがあったら、それは自分の好きになった 彼ではないとも思う。

彼女を見つめる彼が好きだ。


だからあたしは、これからもきっと彼の背中を見つめている。



M's story 2006/11/08 Update 2007/02/23